民主主義って鍛えられるの? デモクラシーフィットネスで体験した「10の筋肉」

「デモクラシー/民主主義」と聞いて、何を思い浮かべますか。
選挙、多数決、政治のニュース……わたしはそういったイメージを持っていました。

今回デンマーク発の「デモクラシーフィットネス」に参加して、「デモクラシー/民主主義」とは、対話で合意をつくっていくプロセスそのものだということを学びました。

今回は、そのワークショップの様子や学んだことをお伝えしたいと思います!

デモクラシーフィットネスって?

デモクラシーフィットネスはデンマーク発の取り組みで、民主主義を知識として学ぶのではなく、スポーツみたいに体で鍛える「筋力」としてとらえます。

鍛えるのは10の筋肉。傾聴、勇気、好奇心、意見、反対、共感、妥協、動員、活動、声に出す自信。どれも、民主主義をやっていくために必要な力です。

じつは、わたしがこのフィットネスに出会ったのは今回が初めてではありません。数年前、対話の祭典「デモクラシーフェスティバル」に、グラフィックファシリテーションを使った対話で2回ほどオンライン出展したことがありました。その流れで、体験版のような短いフィットネスを受ける機会があって、そこで「これはちゃんと受けてみたい」と思っていました。

それから数年。Facebookで見かけた投稿で「受けられるチャンスだ!」と知り、主催の方にメッセージを送って、参加が叶いました。見ず知らずのわたしからの参加希望に快く受け入れてくださって本当にありがたかったです。

会場は神奈川・根府川の駅からすぐ。海沿いに建つ、元公民館を生かしたワーケーションスペースUさん。白いのれんがかかった木造の建物で、窓のむこうには海が広がっています。ふだん長野の山のなかにいるわたしにとって、海は無条件にテンションを上げてくれました。

トレーナーはニールセン北村朋子さん。デンマークに25年暮らす文化翻訳家で、日本とデンマークの架け橋としてとても活躍されている方です。

2日間で10の筋肉を全て体験しました。ワークショップ形式で、鍛える筋肉ごとに異なったワークをしながら学びます。

ワークのあとには「振り返りの対話」の時間があります。感じたこと、気づいたこと。それを話したい人が話す。ほかの人の感覚を聞いて、自分のものと照らし合わせると、また新しい発見がある。話すことで、自分のなかにも、すとんと残っていく。この時間が学びを定着させ深めるためにとても重要な時間だなと感じました。

日本の民主主義と、デンマークの民主主義

ここで少し、「民主主義」という言葉そのものについて触れてみたいと思います。

まず、日本で民主主義というと、多くの場合は政治の制度を思い浮かべます。選挙や多数決とセットで受け取られやすい。

一方、デンマークでは民主主義を「生活形式」、つまり生き方そのものとしてとらえる伝統があります。神学者のハル・コックが1945年に書いた『生活形式の民主主義』という本があって、民主主義とは完成された制度ではなく、対話で合意をつくっていくプロセスそのものだと説いています。

決め方も、ずいぶんちがいます。日本でイメージする民主主義の核は多数決です。数の多いほうに決まる。コックの民主主義の核にあるのは対話。多数決ではなく、話し合いと理解を重ねて合意をつくっていきます。デンマークのフォルケホイスコーレ(成人学校)では言いたいことのある人が全員言い終わるまで、場を打ち切らないそうです。「多数決で勝つ」よりも、「誰も置き去りにしない」。そちらに、重心があるように見えました。

最後に、どこで育つか。日本だと、民主主義は学校で知識として習うもの、という感じが強い気がします。デンマークだと、200年前のグルントヴィという人の「生きた言葉による対話」という理念が土台にあって、体で身につけていくものとされています。デモクラシーフィットネスが「筋肉を鍛える」と言うのも、この「体で身につける」発想の延長線上にあるんだと思います。

反対は、対立じゃない

10のデモクラ筋を全部体験したなかで、とくに心に残った筋肉を3つご紹介します。

まずは「反対筋」。

反対筋では自分と反対の意見をもつ人とペアになって、対話しました。ワークを経て、自分のなかに「反対=対立」といった考え方や、「負けたくない」という気持ちがあると気づきました。ペアの方も「反対=対立」がよぎったのか心なしか緊張されているように感じました。でもそれも、ワークを始めるまででした。

「あなたの意見、ぜひ教えて」というあり方でいると、ふしぎと対立にはならなくて、むしろ自分の視野がぐんと広がっていきました。聞いたところによると、デンマークの人は反対意見が出てくると、うれしくてニヤニヤしてしまうのだそうです。

なぜなら反対意見は絶好の学ぶ機会だから。反対意見を聴けることで自分の視野を広げることもできるからです。

なぜ日本だと、反対意見を言うのも受け取るのも、こんなにむずかしいのでしょう。わたし自身も苦手です。意見への反対なのに、その人への反対みたいに受け取ってしまう。反対する側も意見ではなく、その意見をもつ「人」のほうを向いてしまっているような気がします。

勇気は、本能にさからうこと

勇気筋の定義は印象的でした。「民主主義では参加が大切。ありのままの自分で参加する勇気をもつ。あなたにはもう、その勇気がある」。わたしはメモに、「本能にさからって行動すること」と書いていました。

朋子さんが教えてくれた、キルケゴールの言葉も忘れられません。「勇気をもつことは一時的に足場を失うが、勇気をもたないことは自分を失うことだ」。勇気をもたないことは民主主義の危機でもある——その話がすとんと、胸に落ちました。

コックの言う「対話で合意をつくる」にも、まず口を開く勇気がいります。勇気筋こそ、その入り口なのだと思います。

共感は、同じ気持ちになることじゃない

3つのなかで、いちばん目からウロコだったのが共感筋でした。

それまで共感は、相手と同じ気持ちになること、賛成すること だと思っていました。

でもそうではありませんでした。「知ろうとすること」そのものが共感なのだ——そう聞いて、はっとしました。共に感じるって、相手の意見や考えに賛成していなくても、ちゃんとできるんだ。

共感する・されるために大切なのは「質問できるスキ」だとも教わりました。すきまなく正しさで埋めてしまうと、相手は入ってこられませんよね。だから少し余白をのこしておくということなのです。

これは以前、コラムに書いた「Yes, and」にもつながります。
関連記事:チームの対話を変える「Yes, and」。ネガティブもポジティブもまるごと受け取るということ

対話の場づくりと、つながっていた

ワーク全体を通して、もうひとつ感じたことがあります。

このフィットネスは短い時間で、思いついたことをパッと出して動いていきます。じっくり考えるよりも、まずやってみる。デンマークの仕事の進め方やデザインの考え方にもこうした考え方が生きているんだろうと振り返りの時間に発言された方がいて、今まで自分が体験してきた日本式との違いが非常に興味深かったです。

「まず出してみる」。この感覚はドラマワークの即興性とも、対話で大切にしている「まず場に出す」とも重なります。

対話、グラフィックファシリテーション、ドラマワーク。そしてデモクラシーフィットネス。それぞれの輪が少しずつ、重なり合っている。どれかひとつが入り口でも、ほかの輪にも、ちゃんと効いてくる。対話の場づくりや、心理的安全性の土台にも、なりうるものだと感じました。

そういえば、あの「振り返りの対話」も、ここにつながっていたのかもしれません。

わたしが持ち帰ったもの

デンマークには民主主義を「生活形式」、つまり生き方としてとらえる伝統がある。多数決ではなく対話で合意をつくり、それを民主主義と呼ぶ。コックが残した考え方です。デモクラシーフィットネスはこの考えを体で鍛える実践として、生まれました。

2日間を終えて、民主主義はわたしには「生き方」に思えました。政治の遠い話ではなくて、目の前の人とどう向き合うか。その日々のことなんだ、と。根っこのところに優しくて愛のある考え方が流れている気がする。そのようにわたしには思えました。

こんなに素晴らしいことが体験できるワークショップをわたしも多くの人に伝えることができたらと思い、この10月にデモクラシーフィットネスのトレーナー資格を取ることにしました!

一緒にデモクラシーフィットネスで民主主義のための10の筋肉を鍛えましょう!!


つなば HP https://tsunaba.com/

ブログ https://tsunaba.com/blog/

お問合せ https://tsunaba.com/contact/


関連記事

対話で変わるチームづくり実践ガイド|話し合いを見える化して信頼関係を築く方法

チームの対話を変える「Yes, and」。ネガティブもポジティブもまるごと受け取るということ

 手放すほど、場は深まる―「うまくやろう」から解放される、ファシリテーターとリーダーのありたい姿

PAGE TOP